この仕事が始まった理由
「いつか聞こう」は、いつか聞けなくなる。
祖父のことを、私はほとんど知らない。
同じ家で過ごした時間はあったはずなのに、思い出せるのは、縁側でお茶をすすっていた背中と、低い声で笑ったときの目尻のしわくらいだ。
どんな若い頃を過ごしたのか。どんな仕事に就き、何を諦め、何を誇りにしていたのか。祖母とは、どこで出会ったのか。聞きたいことは、いくらでもあった。けれど「また今度」と思っているうちに、その「今度」は、とうとう来なかった。
祖父が亡くなった日、私の手元に残ったのは、色のあせた数枚の写真と、引き出しの奥で眠っていた古い万年筆だけだった。写真の裏には、見覚えのない地名と、昭和の年号。誰に尋ねても、もう、答えは返ってこない。
人ひとりの一生は、こんなにもあっけなく、わからなくなる。
——だから、この仕事を始めました。話せる人が、話せるうちに。その声を、その人の言葉のまま、一冊に綴じておくために。あなたのご家族にだけは、同じ後悔をしてほしくないのです。
自分史出版社 代表 李一志
― 祖父を見送った、ひとりの孫として ―






